離婚協議中、お子さんを連れて別居されている離婚当事者の方から「相手方に支給されている児童手当の振込先をこちらに変更できないか」というご相談を受けることがあります。
児童手当は、子どもが15歳になる誕生日の後に来る最初の3/31までに国から支給される手当であり、月額15,000円ないし10,000円が毎年6月(2~5月分)、10月(6~9月分)、2月(10~1月)分の3回に分けて支給されます。
原則として父母のうち所得の高い方が受給資格者となるのですが、父母が離婚前提で別居している場合には、この所得の高い低いにかかわらず、子どもと住民票上同居している親に支給されるというルールがあります。
とはいえ、この受給者変更の手続は、「離婚前提で別居」したことによって自動的に子どもと同居している親に支給先が変更されるわけではありません。かといって、子どもを養育していない親の側に支給されている児童手当を、養育する側に支給の都度振り込んでもらうというのは煩雑ですし、求めても対応してくれない場合もあります。
そうした場合に、離婚が成立しない段階で、児童手当の受給者を変更する手続をとることが考えられます。もっとも、この受給者変更の手続には、満たさなければならない条件があります。
父親Aに児童手当が支給されている場合に、母親Bと子Cが別居し、Bが児童手当の受給者変更の手続を希望している場合を考えてみましょう。
このとき、受給者変更の手続には、以下の要件を満たすことが必要です。
このうち、別居している事案ではⅠとⅡが満たされているケースは多いのですが、問題になることが多いのはⅢの離婚意思表明が客観的に証明できる書類の提出という要件です。
通常、
このうち、②~④は家庭裁判所に離婚調停や訴訟が係属している場合を前提としていますし、①は相手方との間でそれなりに離婚を巡る争いが先鋭化していることが前提となります。
ところが、児童手当の受給者変更の手続をとるために、わざわざ離婚調停や訴訟の提起、内容証明郵便の送付を行うのは本末転倒ですし、逆に紛争が激化してしまい兼ねません。
そうした場合には、⑤弁護士等、第三者により作成された書類を作成・提出できないかを検討することになりますが、それでも、弁護士に依頼していないなどの場合には作成が難しくなります(なお、弁護士が代理人として介入していない場合でも、離婚を巡る紛争化の事実を記載した弁護士の報告書でこれに代えることができるとする自治体もあります。)。
なお、この①~⑤の資料が用意できない場合には、「現受給者からの離婚協議中であることの申立書」を提出することでこれに代えられるとする運用もとられていますが、実際に紛争になっている相手方からこうした資料を得ることは難しいことが多いでしょう(それを出してくれるのであれば、そもそも児童手当の精算も任意にしてくれることが多いと思われます。)。
ただ、究極的には離婚の意思が現受給者Aに表明されていることが客観的に証明できる書類が提出できることが条件ですから、例えばLINEの履歴などで、離婚の協議のやりとりが明確に表れているものがある場合に、それを資料として提出することが認められないわけではありません(本当にそれがAB間のやりとりなのか等の証明も必要になりますが。)。
ちなみに、これらの資料を提出して区役所に受給者変更手続の申請をしたとして、必ず認められるわけではありません。ここはまさにお役所の仕事ですから、判断をする側である市町村としては「実際に出されたものを前提に認定するかしないかを判断します」というスタンスになります。
なお、離婚協議中にこうした手続をとらなくても、法的に離婚が成立すれば児童手当の受給者資格変更の手続はよりハードルが下がりますから(前記のⅢの要件が「離婚の事実を証する書類を提出できること」に変わります。)、以上のような児童手当の受給者変更の手続は、離婚が成立するまでの暫定的な期間についての問題です。
また、受給者変更の手続については、良いことばかりではなく、必ず押さえておかなければならない留意点もあります。
いままでの説明では「受給者変更」と書きましたが、これは法的に見ると、子Cを連れて別居したBの行う児童手当支給のための認定(児童手当法7条)の申請に他なりません。つまり、現にあるAの受給者資格が別居したBに移転してくるというものではないのです。ここが重要なポイントです。
つまり、Bによる受給者変更の申請(認定申請)手続は、その内容的に
(1)Bが子Cを連れてAと別居し、Cの監護をし生計を同じくすること
(2)BCとの別居により、Aがその別居時点から児童手当の受給者資格を有しなくなったこと
という二つの意味を持つことになります。
その結果、Bが新たに児童手当の支給(受給)要件を満たすと判断されるか否かにかかわらず、Aの児童手当受給資格が遡って無かったものと判断されるおそれがあり、この場合、別居の期間以後に支給された児童手当の返納を求められることがあります(これは、実際に返納されるかともかく、結構な割合で返納請求が行われているようです。)。
例えば、BがCを連れてAと別居したのが4月1日だったとして、そこから半年後の10月1日にBが区役所に認定申請をした場合、その申請の中には「Aが4月1日からCの同居も監護もしていなかったこと」が記載されることになりますから、既に支給された4月分以降の児童手当の返納の問題が生じることになるのです。
※児童手当法は「過誤払いの児童手当をその後に支払うべき児童手当の内払とみなすことができる」という支給調整の規定(13条)を置いていますが、この場合は、受給資格者自身がA、Bと異なるため、支給調整の対象とはならないようです。
これは、既に、Aのもとに入っていた4~9月分の児童手当の全部ないし一部がAからBに支払われていた場合には、Aとしては二重の負担となりますから、離婚協議やその中での金銭的な負担の精算に影響や支障を生じるおそれがあります。
もう一点の注意点は、Bによる認定申請が遅くなると、結果として児童手当が支給されない期間が生じてしまうおそれがあるということです。
先に書いたように、ここでいう受給者変更の手続は、Bの児童手当支給のための認定(児童手当法7条)の申請 ですから、認定の請求をした日の属する月の翌月から支給されることになります(児童手当法8条2項)。
このため、先のケースで、Bが4月1日のAとの別居を理由に10月1日に認定申請し、これが認められたとしても、Bを受給資格者として児童手当の支給が開始されるのは11月分からとなります。この場合に、Aが既に支給された4月分以降の児童手当の返納を求められる可能性があることは前記のとおりですから、そうした場合、Cについて、結果として4~10月分の児童手当については支給されないこととなります。
こうした問題もあって、市町村は、受給資格者の住所変更等の場合(児童手当法8条3項)に準じ、離婚前提で別居した場合のBの認定申請を「配偶者との別居日又は離婚前提の別居に該当した日(離婚の意思が相手方に到達したことが確認できる日)のいずれか直近の日付の翌日から15日以内に申請してください。遅れると、手当を支給できない月が生じる場合があります。」と注意喚起しています(墨田区役所の例)。
以上から、まとめると以下の2点が重要です。
★離婚協議のために別居している場合にも、児童手当の受給者変更の手続(認定申請の手続)をとることで、その支給先を子どもと同居し監護する側の親に変更することができる(場合がある)。
★別居開始から別居した側の親による認定申請までに時間が空きすぎると、児童手当の返納や支給月の空隙が生じるという問題がある。